日々雑論 歴史修正主義に対する考察 8 陰謀論という程のものでもないけれど その1

 とりあえずPCの不調はバッテリの接触不良か電源関係らしいというのが「予測」できましたので、騙し騙し使ってみる事に決めましたが、ま、何とかなるかと。皆さんご心配をかけました。買った店に持ってってPC担当に話した時点で動きやがんの。よくあるパターンですな(笑)
 今回、他の優れたブロガーの方や勉強になるHPを運営なさっておられる方が沢山居るのが判っている上で、敢えて「南京大虐殺」に触れてみようと思うのだが、重ねて言うが数がどうのとか(やった事にゃ変わりねえよ)旧軍の装備がこうのとか(なら津山事件はどーなんだ?)死体処理があーのとか(揚子江と言う最高の死体処理場があるじゃんか皇軍の軍規は厳しいからするわけが無いとか(軍命令の下、各種軍による犯罪が行われてますが何か?)馬鹿の一つ覚えみたいにくだらねえ戯言で否定する変な人たちを揶揄するわけでもなければ馬鹿にするわけでもない。
 じゃあ一体お前は何が言いたいんだつーと、なんか「否定論」の吹き出方の「妙にタイミングが良すぎる」んだなあという事だ。 
 何が言いたいか?
 青年期のニキビや腫れ物のように南京大虐殺否定論」が吹き出てきたのはここ10年くらいであり、旧ソ連邦が曲がりなりにも「仮想敵国」として健在であった頃や中東がサダム・フセインの統治下に置かれていた頃は「多少」の声はあったにしろ、こんなにも「声高」に「南京大虐殺否定論」が殆ど聞こえてこなかったし、またその記憶も無い。せいぜいあったとしても「30万は一寸多いんじゃないか?」程度だったように記憶している。 
 ご存知の通り「旧ソ連邦」は崩壊、サダム・フセインは処刑されてしまった訳だが、「叩くべき相手」が見当たらなくなった頃から「南京大虐殺否定論」「南京大虐殺プロパガンダ論」がのさばり始めた感じを受ける。よくあるデンパな連中の駄法螺話として「南京大虐殺30万人殺害プロパガンダ」説なるものがあるが、それならば、たったここ10年程ではなく、もっともっと前から積極的に宣伝、喧伝されてしかるべきなのだ。何故ならば「30万人殺害」はここ10年で急に言われだした事ではないからだ。「情報統制が敷かれているから」と反論する大馬鹿もいるが、プロパガンダ」として盛んに宣伝しなきゃならないのに「情報統制」で秘匿してどーすんの? 小学生でも頭いい奴ならこの理屈わかるぞ。主力目玉商品のプラズマテレビ売りたいのに広告に出さない電気屋さんとか、新しいゲームが入荷したのにそれを宣伝しないゲーム屋とかみたいなもんだな。宣伝しなきゃブツあったって売れねえじゃん(笑)
 そうやって考えるとここ10年程吹き出ている「南京大虐殺否定論」はどうも「意図的」に「捏造られた」感じがしてならないのだな。こう考えるとなんか陰謀論臭いので自分自身としては嫌いなんだが全く他分野である畑違いの東中野修道とやらがしゃしゃり出てきたりしているのも非常に胡散臭いものを感じるし。まあ、あれは勝手に自滅しちゃったけどね。 
 他にも「否定論」が吹き出たタイミングが良すぎる件として思いあたる節があるが、それは次回のお楽しみという事で