日々雑論 歴史修正主義に関する考察 31 なんだかなぁ…

 まあ某みくしなんかでいろいろ貧困問題などが話題になったりすると、大抵「自己責任論」とやらがはびこっちゃう訳なんだけど、ここで何度も何度も口が酸っぱくなるほど繰り返して言っていることの一つに「右と左の違い」つーのがある。
 極論を言えば右と左の違いナンザ私有財産を認めるか否かだけだと思うんだけど、ホームレスの方々にはたった一本のタバコを吸う余裕すらキイキイ猿のように喚くくせに、日ノ本ノ現人神デ在ラセラレル天子様のセンチュリーロイヤル(1台約5000万円以上!!!!!!)に関しては何も聞こえてこないのはなぁぜ?とも思っちゃったりするわけで。でも逆にお偉いさんがワゴンRかなんかで来て、くたびれたジーンズと適当なシャツで政務こなしてたらそれはそれで逆に何か裏がありそうで怖いけどね(笑)
 話がそれた。
 1年、つまり12ヶ月の中でもっとも鬱陶しい月が今年も来ちゃった訳ですが、日本の敗戦処理での今に到るまでのこのゴタゴタは、「やられた事は雨後の竹の子のようにわんさかわんさか出るけれど、やった事は不気味なほどに出てこない」事に対して何の疑問も抱かず、被害者意識のみが一人歩きした結果だと思っている。で、更に付け加えるなら何故これほどまでに「やった事」が出てこないのは「意図的に」やった事を隠しているからだとしか思えないわけだ。
 何故隠したがるか?
 誰にも知られたくないお宝が隠されてるからか?
 善行を隠す事でひそかに悦に入りたいからか?
 恥羞プレイか?
 んな訳ぁねーよ。 
 知られたら拙い事があるからだろう。
 知られたら拙い事つーたら、敗戦における戦争裁判回避の為の資料や記録、つまり、やったのがばれたらやられる事をばれる前に隠したり処分したりした、と考えるほうがはるかに説得力がある。教科書が教えない歴史と言うのが昔あったようだけど、あまりにも凄まじすぎて教科書が教えられない歴史、とした方がはるかにしっくり来たりする。貧弱な武装でそんなに殺せる訳がない、とか変な言い訳もあるけれど、その「貧弱な武装」で中国大陸を文字通り縦断し、ほぼ計画的とはいえ国民政府を重慶まで押しやっている訳だし、第一装備が貧弱なら義兵闘争の時点で返り討ちだ。
 頭のおかしい方々が必死になって否定、糊塗しようとしている百人斬りの件にしても日本刀の性能と威力に関しては前のエントリで述べた通りで、恐らく世界最強の切れ味と硬度を持つのは実証済みだし、大陸の到る所で首切り競争が行われており、その中で「たまたま」両少尉の行為が勇猛果敢として喧伝され、それが戦後偶然注目されただけの話で、オイラに言わせりゃ否定するほうが両名の名誉毀損だし、この両名に限らずこいつら当時は散々滅茶苦茶なことしでかした上に盛んに吹聴しやがってた癖に今更何言ってやがる、という感想しかない。