日々雑論 ウサンクサイケイ抄 10月2日

もう面倒くさいので元ネタは引用しません。金太郎飴だしね。

産経抄10月2日 MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/china/101002/chn1010020437000-n1.htm

ウサンクサイケイ抄  10月2日
産経がよく使う詭弁に「安倍元首相と米帝様を忘れない」というのがある。特に意味不明の「国益」とバカの一つ覚えのナショナリズムを語るとき、現に好んで引用されている。ひたすら米帝様の奴隷になって「美しい国」を念仏のように唱えていればと産経と日本は大丈夫という意味だろう。
▼裏返してみれば、国民生活なんざ無視だ無視!ひたすら政府様と大企業様と米帝様には逆らうなと言っているように聞こえる。だがどちらにしてもその格言はすたれてしまった。安倍ちんの政権放り投げ以降の産経新聞、特に民主党政権後の下野なうなどの対応を見ると、そう思わざるをえない。
▼昨月9月26日、当の産経抄が我々の常識と良識をはるかに超える、これがプロのもの書きかと正気を疑うような気持ち悪いポエムを掲載し恥辱の殿堂入りした*1。全国たくさんの産経ウォチャらは先を争うように産経抄の発狂振りを取り上げた*2。産経イザも最近ではめったに見られない盛り上がりとネタ提供をウォチャに対し振りまいた。
▼それと前後して、米帝様が日本のイラン油田経営に対し圧力をかけ、事実上の日本のイラン油田撤退を実現させる。米帝様側の要望で、日本の「国益」を無視して強引に押し込んだのだ。普段は狂ったように「国益」を喚き散らす産経にもかかわらず、今回はちまっと触れただけでものの見事にスルーした。米帝様への思いやり予算、沖縄米軍基地などなど、まさに米帝のポチそのものである。
▼今回の事件で産経は内心「自民党時代からこれだけ尽くしているのだから、米帝様も無理は言うまい」と高をくくっていたのかもしれない。ところがどっこい、米帝様がやったのはイラン油田経営撤退への圧力といったいつもの「恫喝(どうかつ)」だった。日本はあっさりこれに屈してしまった。
米帝様が世界的優位にあったベトナム戦争までの時代ならともかく、今の米帝様はこちらが尾っぽを振って行っても利用されるだけだ。そのことを当の昔から、思い知っている筈なのだが。それにしても毎度の事だがウサンクサイケイの米帝様への異常なまでの媚売りはなんなんですかねえ(嘲)。

尖閣諸島のガス田問題に関しては狂ったように喚く癖して米帝様のイラン油田経営圧力は見事なまでにスルーという、まさに産経クオリティ!
そこに痺れる憧れるゥ!

日々雑論 気分を変えて今日注文した本

 まー産経抄9月26日分のあまりの気持悪さと頭の悪さに思わず飲みかけのサントリーBOSSカフェオレを盛大に吹いてしまったのだけど、いつまでも頭の悪い文章*1をおもちゃにしてるとこっちまで伝染してしまうので気分を変えます。
 というわけで、本日アマゾンにて注文

逆光〈上〉 (トマス・ピンチョン全小説)

逆光〈上〉 (トマス・ピンチョン全小説)

逆光〈下〉 (トマス・ピンチョン全小説)

逆光〈下〉 (トマス・ピンチョン全小説)

 まだメイスン&ディクスンすら下巻の半分だというのに…無謀の極みか読破への挑戦か!
 それにしても出版ペースが速すぎる。仕事もちのサラリーマンに3ヶ月でメイスン&ディクスンを読めというのがまず無謀な挑戦という気がしているのだが、下手な話、「あの」重力の虹より強力で厄介である。思い起こせば国書刊行会の「V」で上巻の半分でブン投げる→暫くたってから挑戦→半分でブン投げる→最初に戻る、というまさにエンドレスというか無間地獄というか読書における永久機関を味わいトラウマとなった身としては、ピンチョンと聞くだけで性懲りも無く首を突っ込んでしまうのだけど*2、ひょっとしたら競売No.49の叫びとスロー・ラーナーは諦めるかもしれない。
 「諦めるな! 頑張るんだ!」とどこかから声が聞こえてきそうだが、とりあえずメイスン&ディクスンの読破からだ。

*1:http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100926/plc1009260307003-n1.htm

*2:ヴァインランドは面白かったですね

日々雑論 ウサンクサイケイ抄 9月26日

産経抄9月26日
平成生まれのみなさんへ。長かったいくさが終わって、中国がぼくたちの「ともだち」だった時期がほんのひとときあったんです。つきあい始めたころには、白黒の珍獣を友情の印に贈ってくれ、上野動物園には長蛇の列ができました。
▼こんな愛くるしい動物のいる国はきっと、やさしい人たちが住んでいるんだろうな、とぼくたちは信じました。もちろん、いくさで死んだ兵隊さんを祭った神社に偉い人が参っても文句ひとついいませんでした。
▼しばらくして、「ともだち」は、神社へのお参りに難癖をつけ、ぼくたちが持っている島を「オレのものだ」と言い出しました。びっくりしましたが、トウ小平というおじさんが 「次の世代は我々よりもっと知恵があるだろう」と言ってくれました。
▼でも小平おじさんは、本当は怖い人だったんです。「自由が欲しい」と広場に座り込んでいた若者たちが目障りになり、兵隊さんに鉄砲を撃たせ、多くの人を殺してしまいました。みんなはびっくりして「こんな野蛮人とはつきあえない」と村八分にしました。
▼それでもぼくたちは、みんなに「こいつは本当はいい奴(やつ)なんだよ」と口をきいてあげ、貧しかった彼には、いっぱいお金をあげたり、貸してあげたりしました。おかげで「ともだち」は、みるみるお金持ちになりました。
▼そのお金で「ともだち」は軍艦や戦闘機をいっぱい買い、今度はもっと大きな声で「この島はオレのものだ」と叫びました。「次の世代の知恵」とは、腕ずくで島を奪うことだったんです。パンダにだまされたぼくたちは浅はかでした。「次の世代」のみなさんは、もっともっと力をつけて真の友人をつくってください。お願いします。

久しぶりの産経抄いじりですが…
盛大に吹いた。
俺のBOSSカフェオレを返せ(笑)
中国に対して強硬姿勢を崩すなと連呼していたくせに、強硬姿勢を貫いてそのおかげで困った事になると狼狽して相手に罪を擦り付ける。バカじゃねえのか? 
訂正、バカなのか(嘲)

ウサンクサイケイ抄                          9月26日
平成生まれのみなさんへ。にほんがせかいに対しての、長かったイジメをはんせいして、にほんがせかいの「ともだち」になった時期がほんのひとときあったんです。こころをいれかえたころには、マッカーサーという外国のえらい人がいっぱいいっぱいちょこれーとをくれたり、昔のいじめを「しかたがないから反省するなら大目に見よう」と周りのりっぱな人々がいってくれたりしてくれました。
▼ながいながいイジメをゆるしてくれた国にたいして、こいつらはなんてばかでまぬけでおひとよしな人たちが住んでいるんだろうな、と「ぼくたち」はまたおもいあがりました。そして、ともだちがまわりのけんかで忙しくて誰も何もいわないのをいいことに、自分たちをいじめた人たちが祭ってある神社にまた、こっそりとおまいりをはじめたり、つかいもしない戦車や戦闘機をあつめはじめました。
▼しばらくして、うちのなかが落ち着いた「ともだち」は、「ぼくたち」が、まえのことをなにも悪かったと思わずにこっそりやっていた神社へのお参りや、戦車や戦闘機を集め始めるのをみつけたり、ぼくたちがもっていると勝手に思い込んでいた島のことを「それはちょっとちがうよ」と注意してくれました。どきっとましたが、中曽根康弘というおじさんも、「日本を不沈空母にする」とか言ったり、小泉純一郎とかいうおじさんも「これは国際平和への貢献だ」といっていたので、ぼくたちもそれをとうぜんだとおもい、となりのひとたちの注意をむしました。
でも小泉おじさんは、本当にずるい人だったんです。日本国憲法という守らなくてはならない「法律」をてきとうに言いくるめて簡単にむしして、「ぼくたち」からたくさんのおかねを騙し取って、そのお金でたくさんの兵隊さんを外国に送りつけて鉄砲を撃たせ、多くの人を殺してしまいました。みんなはびっくりして「こんな野蛮人とはつきあえない」とたくさんたくさん注意をうけました。
▼それでもぼくたちは、みんなからたくさん注意をうけたけど、貧しかったころにいっぱいもらったちょこれーとのことや、「反省するなら大目に見よう」というまわりのりっぱなひとたちの言葉をわすれて、欲しかった戦闘機や戦艦なんかのおもちゃをたくさんもらったりして、ますますそれをとうぜんだとおもいました。
▼「ぼくたち」は「だいきぎょう」に絞り上げられたお金でさらにどこにも負けない最新鋭の軍艦や戦闘機をいっぱい買い、そのおかげでお金が無くて苦しくなったのに、その苦しいのを中国や韓国、北朝鮮のせいにして、今度はもっと大きな声で 「となりの連中は馬鹿だ凶悪だ」と叫んでます。自民党と官僚と大企業と3K新聞、阿呆守系世論にだまされた「ぼくたち」は浅はかでした。「次の世代」のみなさんは、もっともっと社会勉強して真の友人をつくってください。お願いします。

日々雑論 落ち着いてきたので民主党代表選の感想なんかを

 個人的に言えば、小沢一郎という強烈なカリスマは手法自体は古いなとは思うのだがあまり嫌いではない。まあ、よくある一昔前の豪腕政治家というイメージはある。そういう意味ではぽんぽん痛ぁい安倍ちんとか、勘違い悪趣味オヤジの麻生などよりも「はるかに」政治家としての手腕と能力は飛びぬけているなと思うのだが、これはあくまでも政治に関してのトーシロな、ただの腐れ面白主義者の成れの果てによる外野の意見なのだが、鳩山小沢ラインの最大の失敗は、周囲に敵を作りすぎ、なおかつ作った敵を一致団結させてしまったなあというところに最大の失敗があったのではないかと思うのだ。
 公安もマスコミも政治とカネという、ある意味手垢にまみれた手法でしか小沢氏を追い込めなかったわけだけど、逆に古い手法で戦う政治家にとってはこれほど痛いのも無い訳で。まあ、政治とカネの問題については今更何をと思うかもしれないが、大体のマスコミの論票を眺めても、日本の政治はカネが滅茶苦茶かかるのよという視点が「スッポリ」抜けているのが気に食わないだけなんだけどね。
 結果だけを見れば小沢氏の敗北、管氏の大勝なんだけど、まあ小沢氏が勝てば地方にカネが流れただろうが、管氏が勝ったのでこれまで以上に中央にお金が流れるだろうなという気はしている。前政権の敗北を間近で見ている管氏が、その二の轍を踏むとも思えないので官僚や公安、マスメディアへのメス入れ等と言った民主党の初期目標はたぶんうやむやになるだろうねという気もするし、消費税10%も秒読みとまでいかないにしろ管氏が代表となった事で恐らく時間刻みだろう。超大企業はこれまで以上に政府におんぶに抱っこ、不況の理由を自らの企業哲学を全く省みることなく政府にいつまでも駄々をこね続け、マスメディアも尻に乗っかって吼えまくるのは目に見えている。
 ドラえもんでの最近のエピソードでスネ夫が最新3Dテレビを買った話があったようだが、恐らく遅々として進まない地上デジタルテレビへの移行促進を狙ったものと思われるけど、冷静に考えれば3D技術自体は何も目新しいものではない。巨大猿が街中をただ暴れるだけの韓国の3D映画「エイプ」は1977年だし、同じく3Dが売りだった「ジョーズ3」は1983年、「飛び出す人造人間キカイダー」は1977年だ。ゲームで言えばアイレム「バトルバード」やナムコサンダーセプター」は1986年だから、今は2010年なので30年から40年前に確立された技術でしかなく、エコカー減税だ時代はハイブリッドだいやEVだと自動車業界も騒がしかったが、カーオーディオをある程度首突っ込んで気合入れて弄り倒した人間からすれば、バッテリーやキャパシタ等で、いかに良質の電気を大量に、しかも長時間確保するかというのがどれだけ難しいかというのを身をもって味わっているため、今、どんなに電気自動車が優遇されていようが、10年以上車を長く使おうと考えた場合、とてもじゃないけど電気自動車なんか買う気にはならない。
 国内での購買力が既に衰えている以上、どんなに付加価値をちらつかせても食いつけるわけが無いのは自明の理でほかならぬその購買力を奪っているのが大企業の1極利益集中によるものだというのが「全く」見えていないのが不思議なくらいなのだが、恐らく大企業の中枢は既に「わかって」おり、既に「市場としての日本」を諦めているのだろう。でなければ政府の消費税10%を必死になって妨害するはずである。
 製造業は作ったものに対する責任を消費者に押し付けて、既に枯れた技術や全く無駄な技術を適当に飾り立て、さも「乗り遅れるな!これが未来の技術でござい!」と売り続ける詐欺師まがいのやり口はいい加減やめたほうがいい。更に加えれば実際に生産ラインに携わっているのは派遣業務で糊口をしのぐ方々や、研修生製度などでつれてこられた海外の方々だ。とどめに言えばそのような大多数の低賃金で抑えられた方々の手によって生産、開発された高額商品にしても3DCADなどでの解析、設計により限界まで生産コストを抑えられた、ギリギリの代物でしかない。トマス・ピンチョンの「重力の虹」で、絶対に切れる事のない「不死の電球バイロン」が軍事産業複合体であるザ・ファームに執拗に狙われるエピソードがあるが、まさしくそれを地で行っている訳だ。
 まあ、現政権は対外的には柔軟な姿勢を示している訳で、安倍ちんのときのような鬱陶しさと間抜け面をこの夏に拝む事がなかったのは久しぶりのすっきりした出来事だったが、それ以外になにも話題が無いというのが現状な訳で、まあ、なるようにしかならんわという気しかしないのが寂しい所である。

ウサンクサイケイ抄 8月30日

草思社から出たばかりの、『日本統治時代を肯定的に理解する』を読んで驚いた。学校が建ち、電気、水道、電話が導入され、急速に現代化する京城(けいじょう)(現ソウル)。よく通った日本人の歯医者さんは、子供にも丁寧(ていねい)に接してくれた。
▼1926年に生まれ、20年間日本統治を体験した著者、朴贊雄(パクチャンウン)さんの思い出は、愛惜に満ちている。朴さんによれば、創氏改名は強制ではなく、統治後期には独立の動きもなかった。「朝鮮に政争も腐敗も弾圧もない、このような天下泰平の時代が、かつてあっただろうか」とまでいう。
▼「植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられました」。日韓併合100年で出た菅談話とは、ほど遠い内容だ。カナダ在住の朴さんは、4年前に亡くなった。日本語で書かれているために、韓国で広く読まれる機会がないのが残念だ。
▼韓国では2005年、高麗大学名誉教授の韓昇助(ハンスンジョ)さんが雑誌『正論』で、「日本の植民地支配は不幸中の幸いで、むしろ祝福すべきこと」と論じて、世論の袋だたきに遭い、行方をくらます騒動があった。
▼一方、昨年出た『大韓民国の物語』(文芸春秋)のなかで、植民地時代に韓国は近代化し発展した、との見解を示した李榮薫(イヨンフン)ソウル大教授はさほど激しいバッシングにさらされていない。韓国近代化の歴史を、実証を踏まえて見直す動きも出てきたようだ。
▼菅談話はそれに水を差し、日本の「悪」をひたすら追及する、日韓の左派グループを勢いづかせてしまった。韓国民が反日に血道をあげ、自らの暴政に関心を示さない状況を、北朝鮮は何より望んでいる。菅談話がどれほど罪深いか、首相は一刻も早く気づいてほしい。

典型的な「ネトウヨ」駄文ですな。こんなレベルのレポートでは某拓殖大学以外では不可でしょう(嘲)

ウサンクサイケイ抄8月30日
太平出版『義兵闘争から三一独立運動へ』を読んで今更ながらに驚いた。本当に限られた武器のみを使って細々と、だが果敢にも闘争を行う「義兵」を駆逐するために、大砲や近代兵器で武装して、全く関係の無い地方有力者の土地や家屋を焼き払う日本軍。家の歴史そのものを焼かないで欲しいと嘆願する老婆の必死の願いも無視し、冷酷無残に焼き払う。
▼1869年カナダに生まれ、デイリーニュースの特派員として、日露戦争後の半島を訪れた著者、F・A・マッケンジーの著書は、統治する日本軍と駆逐される義兵への正確なルポで満ちている。このルポによれば、義兵闘争に対する旧軍の対応は筆舌に尽くしがたく、更に半島の統治に対する日本の政府高官の談話などからも「同化政策」とは、朝鮮民族の民族的抹消と言い切っておりその慧眼には感服するしかない。
▼「植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられました」。日韓併合100年で出た菅談話まさしくそのものである。カナダ出身の自らの足で実際に現地取材した、極めて綿密に調査されたルポルタージュを記した気骨のジャーナリストは1938年に亡くなった。既に絶版であるために、日本で広く読まれる機会がないのが残念だが、平凡社東洋文庫でなら増補編集前のルポルタージュ「朝鮮の悲劇」はまだ読める。
▼日本ではいつも、雑誌キラー花田紀凱編集の四流ゴシップ誌『Will』や、ウサンクササでは一二を争う某産経新聞が「日本の植民地支配は不幸中の幸いで、むしろ祝福すべきこと」と事あるごとに喚いているが、悲しいかな学問の世界では誰もまともに相手にしていない。
▼『マンガ嫌韓流』(晋遊舎)のなかで、韓国は駄目な民族の国だと歌い上げた山野車輪ネトウヨと産経グループのバイブルと化している。韓国近代化の歴史を、2ちゃんとくだらねえマンガだけで決め付ける動きが産経内にはあるようだ。ネットと2ちゃんばかりでちっとも取材や一流出版の研究書にあたろうとしない産経所属の記者共はマッケンジーの爪の垢を煎じて(以下まるまる1日説教)
産経はそれに水を差し、日本の「無知とそれよりくる意味の無い美談」をひたすら捏造する、自宅警備ネトウヨグループを勢いづかせてしまった。ヒッキーネトウヨ反日に血道をあげ、自らの暴政に関心を示さない状況を、産経は何より望んでいる。産経の捏造する歴史観がどれほど胡散臭くて気持悪いか、産経自身は一刻も早く気づいてほしい。

日々雑論 改めてもう一度東洋近代史を真面目に手持ちの書籍でつついてみます

 えー、本来ここは「腐れ左翼面白主義者」を自称するブログ主が、面白そうだ、とか、なんじゃこりゃ?とか、いろいろ思った事をてきとーにのんべんだらりと述べていく所、というか、初期はかなり違ったんですが、今はその本性がすっかり露になってしまっているところでもあります。
が、
 例の管総理大臣の日韓併合100年にあたっての談話のおかげで、物事を知ろうともしない阿呆連中がまたぞろギャンギャン喚きだしているわけですよ。
 で、本来ならばやっと戦後処理が始まったのかな?と判断してもよいこの談話とこれからの進展に対し、ウサンクサイケイ新聞とかを中心とする阿呆連中がまたヘンテコリンな戯言を喚き散らしているのははっきり言えばノイズでしかないんだけど、どーもこの「ノイズ」がやたら気になって仕方がない。
 という訳で今一度初心に帰って、今まで挙げてきた書籍や資料改めて漁りつつ、また中途半端で放り投げていた事も含めて、暫く歴史修正主義に対するカウンターとして、近代東洋史、それも現在入手が比較的容易なものを中心に取り上げていく事にしたいと思います。
 ただ、入手が容易といっても展々社とかの東中野修道本とかの、「学問として論ずるに値しない」と裁判所に一刀両断されちゃったものとか、「戦争論」とかいってもクラウゼヴィッツじゃなくて、よしりんとかが出てくるようなレベルではないので、探すのがちょっと面倒かもしれませんがそういう場合は図書館で探すとか、アマゾンで注文するとかしてください。
 という訳で、まずは日本の半島当地が実際はどのようなものだったのか?
 これを見ていかない事には話にならない。
 ネトウヨ諸君は「日本のおかげで近代教育が行われたのに」だのといろいろ煩いが、それはおいおい見ていく事にして、大元の骨格、つまり日本の植民地経営の最終目的を見ていくことにしたい。
 日本人が狙った植民地経営の究極の目的とは、日本民族による他民族の抹消である。
 これは断言してもいい。
 半島における同化政策が序実にそれを物語っている。
 以下、前にも取り上げたがもう一度F・A・マッケンジー「悲劇の朝鮮」より一部抜粋。太字赤字はこちらで加工

(略)しかしながら、日本の狙いとするところが、韓国の全面的併合とその民族性の完全抹殺以外の何者でもないことが次第にはっきりしてきた。当時韓国にいた最も有力な日本人の一人は、この事実を率直に私に打ち明けた。彼は私にこう語った。
 
 「おことわりしておきますが、これは私の公式見解ではありませんよ。けれども、もしあなたが、日本の政策の結果として何がもたらされるかを個人として私に尋ねるとすれば、私はただ一つの結果を想像しているだけである、と言いたい。それには何代もかかるでしょう。だがきっとそうなるに相違ない。韓国は日本に併合されるでしょう。彼ら韓国人は我々の言葉を話し、我々と同じように生活し、我々の完全な一部分となるでしょう。いったい植民地支配には二つの型があるだけです。一つは、その土地の民衆を外国人として統治するもので、之は貴方達イギリス人がインドで行っている方のものです。従ってあなたたちのインド帝国は長続きすることは出来ない。インドはきっと貴方達の支配を脱するに違いない。第二の道は民衆を同化してしまうことです。これが我々日本のとろうとしている道です。われわれは彼らに日本語を教え、日本の制度を樹立し、彼らをわれわれと一つのものにしようとしているのです」と。

 これが日本政府のいわゆる「慈悲深い」政策なのである。きわめて普通一般に考えられているなまのままの考え方は、韓国全土を併合するという事であってその前作業を日本人の手中に収め、韓国人をして、勝ち誇った征服者としての日本人のためにきこりや水汲み人夫の様に働く、そういう地位に貶めるという事である。(略)

 きわめて乱暴かつ簡単に言ってしまえば、半島のニホンジン化、である。もっと乱暴に言ってしまえば「半島における民族文化の抹消」と言い換えてもいいだろう。異質なものを異質であるが故に異質であると認めた上で屈服させるなり共存させるなりといった形ではなく、異質なものを異質であるが故にその異質なものを消滅させ同化させてしまおうという事だ。誤解を恐れずに述べるならば「民族文化のホロコースト」である。
 我々日本人は、他民族の、基本骨格を抹殺しようとしたのだ、という事をまず、頭に焼きつかせておく必要がある。

朝鮮の悲劇 (東洋文庫 222)

朝鮮の悲劇 (東洋文庫 222)

日々雑論 一般法則論の方のブログが相当凄い

いや、前のエントリで「一般法則論者」という方から変なコメがついたので丁寧に返答をしたのだが、なんか梨の礫で何も返答が来ない。
まぁいいやと思って放置しておいたのだが、今度はid:vanacoral様のところに来ていた。
改めてそのサイトを覗いてみたのだが…
いやー、これは凄い
竹内文書も真っ青の珍事実です。
我々通常の生活を送っている者にはまるで理解不能の、よく訳のわからない公式が羅列してありのっけから強烈なストレートを食らいます。
一応目を通してみましたが…
何を言っているのかさっぱり判らないという事が判りました。
変な宗教観と宇宙からのメッセージネトウヨ観が見事にミックスされ、ノーマルのネトウヨクンのサイトの金太郎飴とは全く異質の、もうこれは異質な何かを見ているとしか思えない、どう説明していいのやらと不気味に思えてくる代物でした。